問題一覧共通テスト 世界史 問題一覧0 / 4問回答
歴史総合・世界史探究
ビスマルク体制とヨーロッパの対立構図
歴史総合・世界史探究三国同盟三国協商
難しい
19世紀末〜20世紀初頭の同盟網の変容と二大陣営の対立
高校生の翔太さんと葵さんは、第一次世界大戦前のヨーロッパ列強による複雑な同盟関係の変遷と「三国同盟 vs 三国協商」の対立構図について探究している。
図:1907年以降のヨーロッパ二大対立陣営と衝突地域
翔太: ドイツの宰相ビスマルク在任中は、フランスの孤立化を狙って独・奥・露の三帝同盟や独露再保障条約が結ばれていたけれど、ヴィルヘルム2世の即位後に再保障条約の更新が拒絶されたことが転換点だったね。 葵: ええ、その結果ロシアは [ア] と同盟を結び(1894年)、さらにイギリスも従来の「光栄ある孤立」を捨てて [イ] 年に英露協商を結んだことで、「三国同盟 vs 三国協商」の骨格が完成したのね。
文中の空欄 [ア] にあてはまる、独露再保障条約の失効後にロシアと軍事同盟を結んだ国として最も適切なものを、次の A〜D のうちから一つ選べ。
文中の空欄 [イ] にあてはまる、イギリスとロシアがイランやチベット、アフガニスタンでの勢力圏を画定して英露協商を結んだ年として適切なものを、次の A〜D のうちから一つ選べ。
三国同盟に加わりながらも、オーストリアとの間にトリエステやトレンティーノを巡る「未回収のイタリア」問題を抱えていたイタリア王国の動向説明として最も適切なものを、次の A〜D のうちから一つ選べ。
「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれたバルカン半島において、オーストリアが1908年に併合したことでセルビアとの緊張を決定的に高めた地域として正しいものを、次の A〜D のうちから一つ選べ。