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歴史総合・日本史探究
鎌倉幕府の政治構造と法典
日本史探究鎌倉時代法制史
普通
武家政治の成立と『御成敗式目』の制定に関する考察
高校生の太郎さんと花子さんは、承久の乱(1221年)の後に鎌倉幕府が定めた武家独自の法典について議論している。
太郎: 承久の乱で朝廷に勝利した幕府は、西日本にも地頭を設置(新補地頭)し、支配力を全国に拡大させたね。 花子: その後、執権の北条泰時が1232年に制定した『御成敗式目(貞永式目)』は、御家人相互の紛争処理や地頭と荘園領主の利害調整を目的としていたわ。
【史料 A】(『御成敗式目』泰時の消息文・抜粋) 「……この式目をつくられ候ふことは、律令の制を改められ候ふにあらず。ただ武家輩の道理と先例によりて、裁許を円滑にせむがためなり。……」
太郎: 泰時は、公家法や律令を否定するのではなく、武士社会の慣習法(道理)を基準にして判例基準を明確化したんだね。
史料 A および御成敗式目に関する記述として、最も適切なものを次の A〜D のうちから一つ選べ。