松虫の文《ふみ》
[1] 虫の音《ね》いとすごく聞こゆる秋の夜長、少将、常よりもしのびて、大弐《だいに》の三位《さんみ》と呼ばれる人の局《つぼね》のあたりを歩みたまふ。この三位、箏《さう》の琴《こと》をいみじく弾き、歌にも道々しく【注1】、心深き人と聞き及びて、①常々心を寄せたまひけるなり。今宵も、その琴の音《ね》が、ほのかに風に紛れて聞こゆるに、いとど胸のせまる心地して、立ち聞きゐたまふ。
[2] やうやう夜も更けゆけば、琴の音もやみぬ。(ア)名残惜しく思せど、いたづらに立ち尽くすも人聞きよろしくあらねば、懐《ふところ》より陸奥紙《みちのくがみ》【注2】を取り出だし、松虫の鳴き声に寄せて、かくぞ詠みたまふ。
琴の音に 心尽くしの 松虫は ②声のかぎりを 鳴きや渡らむ
[3] この歌を、格子《かうし》の隙間より投げ入れ、立ち去りたまひぬ。次の日、少将のもとへ、三位より返り事あり。古びたる色紙に、女文字にて、ただ一首。
③松虫の 声はすれども 我が宿は 憂き音《ね》のみ満つる 蓬生《よもぎふ》にして
[4] 少将、この歌を御覧じて、(イ)常ならぬさまに心を尽くしたまひけるが、その甲斐もなく、つれなき【注3】返り事なるを、いと口惜しく思して、その後は、三位の局へ訪ねたまふことも絶えてやみにけるとぞ。
【注1】道々しく:その道(ここでは和歌)の専門家らしく、本格的で。 【注2】陸奥紙:陸奥国(東北地方)産の上質な厚手の紙。 【注3】つれなき:冷淡な、そっけない。
【補助資料:和歌の贈答】
| 歌 | 詠み手 | 内容の要約 | 相手へのメッセージ |
|---|---|---|---|
| A | 少将 | あなたの琴の音に心を奪われた私は、松虫のように、声の限りあなたを想い、鳴き続ける(想いを伝え続ける)でしょう。 | 私の深い恋心に気づいてください。 |
| B | 三位 | 松虫の声(あなたの言葉)は聞こえますが、私の住まいは、つらく悲しい音ばかりが満ちる荒れた場所です。 | あなたの想いを受け入れる心の余裕は、私にはありません。 |
傍線部①「常々心を寄せたまひける」とあるが、少将が三位に心を寄せていた理由として、本文から読み取れるものを、次の中から一つ選べ。
少将の歌(②)に関する説明として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
三位の返歌(③)からうかがえる三位の心情として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
傍線部(イ)「常ならぬさまに心を尽くしたまひけるが」とあるが、少将が「常ならぬさまに心を尽くし」たにもかかわらず、最終的に三位のもとを訪れなくなったのはなぜか。その理由を、「つれなき」「甲斐もなく」の語を必ず用いて、60字以内で説明せよ。
松虫の文《ふみ》
[1] 虫の音《ね》いとすごく聞こゆる秋の夜長、少将、常よりもしのびて、大弐《だいに》の三位《さんみ》と呼ばれる人の局《つぼね》のあたりを歩みたまふ。この三位、箏《さう》の琴《こと》をいみじく弾き、歌にも道々しく【注1】、心深き人と聞き及びて、①常々心を寄せたまひけるなり。今宵も、その琴の音《ね》が、ほのかに風に紛れて聞こゆるに、いとど胸のせまる心地して、立ち聞きゐたまふ。
[2] やうやう夜も更けゆけば、琴の音もやみぬ。(ア)名残惜しく思せど、いたづらに立ち尽くすも人聞きよろしくあらねば、懐《ふところ》より陸奥紙《みちのくがみ》【注2】を取り出だし、松虫の鳴き声に寄せて、かくぞ詠みたまふ。
琴の音に 心尽くしの 松虫は ②声のかぎりを 鳴きや渡らむ
[3] この歌を、格子《かうし》の隙間より投げ入れ、立ち去りたまひぬ。次の日、少将のもとへ、三位より返り事あり。古びたる色紙に、女文字にて、ただ一首。
③松虫の 声はすれども 我が宿は 憂き音《ね》のみ満つる 蓬生《よもぎふ》にして
[4] 少将、この歌を御覧じて、(イ)常ならぬさまに心を尽くしたまひけるが、その甲斐もなく、つれなき【注3】返り事なるを、いと口惜しく思して、その後は、三位の局へ訪ねたまふことも絶えてやみにけるとぞ。
【注1】道々しく:その道(ここでは和歌)の専門家らしく、本格的で。 【注2】陸奥紙:陸奥国(東北地方)産の上質な厚手の紙。 【注3】つれなき:冷淡な、そっけない。
【補助資料:和歌の贈答】
| 歌 | 詠み手 | 内容の要約 | 相手へのメッセージ |
|---|---|---|---|
| A | 少将 | あなたの琴の音に心を奪われた私は、松虫のように、声の限りあなたを想い、鳴き続ける(想いを伝え続ける)でしょう。 | 私の深い恋心に気づいてください。 |
| B | 三位 | 松虫の声(あなたの言葉)は聞こえますが、私の住まいは、つらく悲しい音ばかりが満ちる荒れた場所です。 | あなたの想いを受け入れる心の余裕は、私にはありません。 |
傍線部①「常々心を寄せたまひける」とあるが、少将が三位に心を寄せていた理由として、本文から読み取れるものを、次の中から一つ選べ。
少将の歌(②)に関する説明として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
三位の返歌(③)からうかがえる三位の心情として、最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
傍線部(イ)「常ならぬさまに心を尽くしたまひけるが」とあるが、少将が「常ならぬさまに心を尽くし」たにもかかわらず、最終的に三位のもとを訪れなくなったのはなぜか。その理由を、「つれなき」「甲斐もなく」の語を必ず用いて、60字以内で説明せよ。