現代文
地域における対立と合意形成のプロセス
7回解答
難しい
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現代文
地域における対立と合意形成のプロセス
7回解答
難しい
切り株のまわりで
[1] 一本の古い楠《くす》が、校庭の端にずっと立っている。隆起した根が地面を割り、雨のたびにその周囲の土が削られ、伸びすぎた枝は校舎の窓に暗い影を落とす。行政の安全点検報告書は「要検討」という中立的な言葉を記すのみで、誰も明確な結論に手を伸ばせずにいた。私は地域委員として、この楠の伐採か保存かをめぐる対話の場を開くことになった。
[2] 会合の冒頭で、私は結論を急がないことをはっきりと宣言した。傍線部① 結論とは、最終的な結果そのものを指すのではなく、そこに至る手順の透明さによって醸成される、関係者間の信頼の別名であるべきだ。それゆえ、私たちはまず、どのような情報を集め、どのような基準で判断を下すかという「手順」について合意することから始めた。全ての意見は無記名でも書面で提出可能とし、出された反対理由には必ず論理的な応答を返す、というルールも共有した。
[3] 対話が始まると、多様な声が上がった。生徒は木登りの思い出を語り、保護者は通学路の安全への懸念を表明する。教員は夏の授業で木陰がもたらす涼しさを挙げ、学校の管理者は倒木した場合の補修費用の見積もりを示す。議論が紛糾する中、私は一つの提案をした。専門家に樹木の傾斜と根の広がりを客観的に測定してもらい、当面の措置として、危険が予測される範囲をロープで囲うというものである。これは、性急な決定を避け、安全を確保しながら議論を続けるための、いわば「時間を買う」ための仮措置であった。
[4] 議論は時に感情的になる。楠は、ある人にとってはかけがえのない記憶の塔であり、別の人にとっては物理的な危険物でもあるからだ。傍線部② そこで求められるのは、声の大きさや意見の強さではなく、誰もが参照できる客観的な「基準」の強さである。「歩道の隆起が何ミリメートル以上に達したら危険と判断する」「風速何メートルの予報が出された時点で木への立ち入りを禁止する」――こうした具体的な基準は、人々の感情を消し去るものではない。だが、感情的な対立を、建設的な手順へと軟着陸させるための確かな道しるべとなる。
[5] 一か月にわたる対話の末、最終的に「根の一部を保存し、周囲を安全な素材で舗装し直し、専門家による剪定【注1】と支柱【注2】で木の重心を安定させる」という複合的な案がまとまった。完全な伐採を望んだ人も、完全な保存を望んだ人も、その願いを百パーセントは叶えられなかった。誰もが、何らかの不満や諦めを抱えたかもしれない。しかし後日、切り株の周りに新しく設置されたベンチで、かつて対立していた生徒と保護者が並んで弁当を広げている光景があった。多数決の熱狂だけでは決して得られない、静かで穏やかな受容の空気が、そこには流れていた。
[6] 真の合意とは、「誰が勝ったか」を記録するものではない。それは、「異なる立場の人々が、それぞれの損失をどのように分かち合ったか」を記録する、未来に対する共同の責任宣言なのだ。私は、楠の切り株の年輪に、その責任のかたちが刻まれているように感じた。
【注1】剪定:樹木の枝の一部を切り、形を整えたり、木の健康を保ったりすること。
【注2】支柱:木が倒れないように支えるために、幹の脇に立てる棒状のもの。
補助資料:地域委員会から関係者への連絡メールと最終案投票結果
Email(抜粋)
件名: 校庭の楠に関する仮措置と今後の進め方について(共有)
差出人: 地域委員会
宛先: 教職員代表、保護者会代表、生徒会代表本文:
皆様、先日の会合でのご意見ありがとうございます。
次回の専門家報告を待つ間、安全確保のため、明日5月23日より楠の根の周囲をロープで仮囲いします。また、ご指摘のあった歩道の段差については、本日測定した数値を共有フォルダにアップロードいたしましたのでご確認ください。
引き続き、透明なプロセスを重視して進めてまいります。
表:最終案(複合案)に対する各グループの投票結果
| グループ | 賛成 | 反対 | 保留 |
|---|---|---|---|
| 生徒代表 | 7 | 2 | 1 |
| 保護者代表 | 10 | 6 | 2 |
| 教職員代表 | 8 | 3 | 1 |
本文全体の趣旨として最も適切なものを一つ選べ。
[3]段落の「これ」が指す内容として最も適切なものを一つ選べ。
傍線部②「そこで求められるのは、声の大きさや意見の強さではなく、誰もが参照できる客観的な「基準」の強さである」とあるが、どういうことか。その説明として最も適切なものを一つ選べ。
本文と補助資料の内容から判断して、筆者(私)が重視した「手順の透明さ」を具体的に示す行為として、最も適切なものを一つ選べ。
切り株のまわりで
[1] 一本の古い楠《くす》が、校庭の端にずっと立っている。隆起した根が地面を割り、雨のたびにその周囲の土が削られ、伸びすぎた枝は校舎の窓に暗い影を落とす。行政の安全点検報告書は「要検討」という中立的な言葉を記すのみで、誰も明確な結論に手を伸ばせずにいた。私は地域委員として、この楠の伐採か保存かをめぐる対話の場を開くことになった。
[2] 会合の冒頭で、私は結論を急がないことをはっきりと宣言した。傍線部① 結論とは、最終的な結果そのものを指すのではなく、そこに至る手順の透明さによって醸成される、関係者間の信頼の別名であるべきだ。それゆえ、私たちはまず、どのような情報を集め、どのような基準で判断を下すかという「手順」について合意することから始めた。全ての意見は無記名でも書面で提出可能とし、出された反対理由には必ず論理的な応答を返す、というルールも共有した。
[3] 対話が始まると、多様な声が上がった。生徒は木登りの思い出を語り、保護者は通学路の安全への懸念を表明する。教員は夏の授業で木陰がもたらす涼しさを挙げ、学校の管理者は倒木した場合の補修費用の見積もりを示す。議論が紛糾する中、私は一つの提案をした。専門家に樹木の傾斜と根の広がりを客観的に測定してもらい、当面の措置として、危険が予測される範囲をロープで囲うというものである。これは、性急な決定を避け、安全を確保しながら議論を続けるための、いわば「時間を買う」ための仮措置であった。
[4] 議論は時に感情的になる。楠は、ある人にとってはかけがえのない記憶の塔であり、別の人にとっては物理的な危険物でもあるからだ。傍線部② そこで求められるのは、声の大きさや意見の強さではなく、誰もが参照できる客観的な「基準」の強さである。「歩道の隆起が何ミリメートル以上に達したら危険と判断する」「風速何メートルの予報が出された時点で木への立ち入りを禁止する」――こうした具体的な基準は、人々の感情を消し去るものではない。だが、感情的な対立を、建設的な手順へと軟着陸させるための確かな道しるべとなる。
[5] 一か月にわたる対話の末、最終的に「根の一部を保存し、周囲を安全な素材で舗装し直し、専門家による剪定【注1】と支柱【注2】で木の重心を安定させる」という複合的な案がまとまった。完全な伐採を望んだ人も、完全な保存を望んだ人も、その願いを百パーセントは叶えられなかった。誰もが、何らかの不満や諦めを抱えたかもしれない。しかし後日、切り株の周りに新しく設置されたベンチで、かつて対立していた生徒と保護者が並んで弁当を広げている光景があった。多数決の熱狂だけでは決して得られない、静かで穏やかな受容の空気が、そこには流れていた。
[6] 真の合意とは、「誰が勝ったか」を記録するものではない。それは、「異なる立場の人々が、それぞれの損失をどのように分かち合ったか」を記録する、未来に対する共同の責任宣言なのだ。私は、楠の切り株の年輪に、その責任のかたちが刻まれているように感じた。
【注1】剪定:樹木の枝の一部を切り、形を整えたり、木の健康を保ったりすること。
【注2】支柱:木が倒れないように支えるために、幹の脇に立てる棒状のもの。
補助資料:地域委員会から関係者への連絡メールと最終案投票結果
Email(抜粋)
件名: 校庭の楠に関する仮措置と今後の進め方について(共有)
差出人: 地域委員会
宛先: 教職員代表、保護者会代表、生徒会代表本文:
皆様、先日の会合でのご意見ありがとうございます。
次回の専門家報告を待つ間、安全確保のため、明日5月23日より楠の根の周囲をロープで仮囲いします。また、ご指摘のあった歩道の段差については、本日測定した数値を共有フォルダにアップロードいたしましたのでご確認ください。
引き続き、透明なプロセスを重視して進めてまいります。
表:最終案(複合案)に対する各グループの投票結果
| グループ | 賛成 | 反対 | 保留 |
|---|---|---|---|
| 生徒代表 | 7 | 2 | 1 |
| 保護者代表 | 10 | 6 | 2 |
| 教職員代表 | 8 | 3 | 1 |
本文全体の趣旨として最も適切なものを一つ選べ。
[3]段落の「これ」が指す内容として最も適切なものを一つ選べ。
傍線部②「そこで求められるのは、声の大きさや意見の強さではなく、誰もが参照できる客観的な「基準」の強さである」とあるが、どういうことか。その説明として最も適切なものを一つ選べ。
本文と補助資料の内容から判断して、筆者(私)が重視した「手順の透明さ」を具体的に示す行為として、最も適切なものを一つ選べ。