紙の手触り
[1] スマートフォンやタブレット端末が普及し、電子書籍は私たちの読書環境にすっかり定着した。指先一つで何千冊もの本を持ち歩け、気になった言葉はすぐさま検索できる。その利便性は疑いようもなく、私自身、出張や旅行の際にはずいぶんとお世話になっている。しかし、不思議なことに、自宅の書斎で腰を落ち着けて本と向き合おうとするとき、私は決まって紙の本を手に取っている。なぜなのだろうか。
[2] 同じ文字列を読んでいるはずなのに、電子書籍で読むのと紙の本で読むのとでは、傍線部①情報そのものが違って感じられるのだ。これは単なる懐古的な感傷ではない。画面をスクロールして流れていく文字の羅列と、ページを一枚一枚めくりながら読み進める体験とでは、脳への情報の刻まれ方が根本的に異なるのではないか、とさえ思う。デジタルの文字はどこか均質で、つるりとした印象を受けるのに対し、紙の上の文字にはインクのかすかな凹凸や紙自体の質感があり、一つ一つの言葉が物質的な重みを伴って心に届くような感覚がある。
[3] この感覚は、読書という行為が、単に視覚だけで完結するものではないことを示唆している。紙の本を読むとき、私たちは指先でページの質感を確かめ、本の重さを感じ、時にはインクの匂いを嗅ぐ。どのあたりに探している情報が書かれていたか、「あのページの右上のあたり」といったように、内容を空間的な位置と結びつけて記憶していることも多い。傍線部②こうした身体感覚を伴う読書体験は、内容の理解を助け、記憶をより確かなものにしてくれる働きがあるように思う。自分で線を引いたり、余白にメモを書き込んだりする物理的な行為も、本との対話を深める重要な要素だ。
[4] もちろん、電子書籍の利便性を否定するつもりは毛頭ない。膨大な資料の中から特定のキーワードを瞬時に探し出す検索機能は、研究や調査において絶大な力を発揮する。絶版になった古い本にアクセスできるのも、電子化の大きな恩恵だろう。重要なのは、どちらが優れているかを二者択一で決めることではなく、それぞれの特性を理解し、目的に応じて使い分けることではないだろうか。
[5] 言葉の海を効率的に「検索」し、情報を渉猟《しょうりょう》【注1】したいときには電子書籍を。そして、一つの作品世界に深く没入し、著者との静かな対話を楽しみ、その内容を自らの血肉としたいときには、紙の本を。デジタル化が極限まで進むであろうこれからの時代だからこそ、私はこの紙の「手触り」を大切にしていきたいと考えているのである。
【注1】渉猟:広く書物を読みあさること。
資料:筆者の読書メモ(抜粋)
2025年10月5日
書籍名: 『森の生活』ヘンリー・D・ソロー 著
傍線部①「情報そのものが違って感じられる」とあるが、筆者はなぜそう感じているのか。その理由の説明として最も適切なものを一つ選べ。
傍線部②「こうした身体感覚を伴う読書体験」について、本文で筆者が挙げている具体例として当てはまらないものを一つ選べ。
本文と資料の双方を踏まえた記述として最も適切なものを一つ選べ。
本文の内容を要約した次のA〜Dの文を、文脈に合うように並べ替えたものとして最も適切なものを、後の選択肢から一つ選べ。
並べ替える文:
紙の手触り
[1] スマートフォンやタブレット端末が普及し、電子書籍は私たちの読書環境にすっかり定着した。指先一つで何千冊もの本を持ち歩け、気になった言葉はすぐさま検索できる。その利便性は疑いようもなく、私自身、出張や旅行の際にはずいぶんとお世話になっている。しかし、不思議なことに、自宅の書斎で腰を落ち着けて本と向き合おうとするとき、私は決まって紙の本を手に取っている。なぜなのだろうか。
[2] 同じ文字列を読んでいるはずなのに、電子書籍で読むのと紙の本で読むのとでは、傍線部①情報そのものが違って感じられるのだ。これは単なる懐古的な感傷ではない。画面をスクロールして流れていく文字の羅列と、ページを一枚一枚めくりながら読み進める体験とでは、脳への情報の刻まれ方が根本的に異なるのではないか、とさえ思う。デジタルの文字はどこか均質で、つるりとした印象を受けるのに対し、紙の上の文字にはインクのかすかな凹凸や紙自体の質感があり、一つ一つの言葉が物質的な重みを伴って心に届くような感覚がある。
[3] この感覚は、読書という行為が、単に視覚だけで完結するものではないことを示唆している。紙の本を読むとき、私たちは指先でページの質感を確かめ、本の重さを感じ、時にはインクの匂いを嗅ぐ。どのあたりに探している情報が書かれていたか、「あのページの右上のあたり」といったように、内容を空間的な位置と結びつけて記憶していることも多い。傍線部②こうした身体感覚を伴う読書体験は、内容の理解を助け、記憶をより確かなものにしてくれる働きがあるように思う。自分で線を引いたり、余白にメモを書き込んだりする物理的な行為も、本との対話を深める重要な要素だ。
[4] もちろん、電子書籍の利便性を否定するつもりは毛頭ない。膨大な資料の中から特定のキーワードを瞬時に探し出す検索機能は、研究や調査において絶大な力を発揮する。絶版になった古い本にアクセスできるのも、電子化の大きな恩恵だろう。重要なのは、どちらが優れているかを二者択一で決めることではなく、それぞれの特性を理解し、目的に応じて使い分けることではないだろうか。
[5] 言葉の海を効率的に「検索」し、情報を渉猟《しょうりょう》【注1】したいときには電子書籍を。そして、一つの作品世界に深く没入し、著者との静かな対話を楽しみ、その内容を自らの血肉としたいときには、紙の本を。デジタル化が極限まで進むであろうこれからの時代だからこそ、私はこの紙の「手触り」を大切にしていきたいと考えているのである。
【注1】渉猟:広く書物を読みあさること。
資料:筆者の読書メモ(抜粋)
2025年10月5日
書籍名: 『森の生活』ヘンリー・D・ソロー 著
傍線部①「情報そのものが違って感じられる」とあるが、筆者はなぜそう感じているのか。その理由の説明として最も適切なものを一つ選べ。
傍線部②「こうした身体感覚を伴う読書体験」について、本文で筆者が挙げている具体例として当てはまらないものを一つ選べ。
本文と資料の双方を踏まえた記述として最も適切なものを一つ選べ。
本文の内容を要約した次のA〜Dの文を、文脈に合うように並べ替えたものとして最も適切なものを、後の選択肢から一つ選べ。
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